近刊の彼女の思い出/逆さまの森 (新潮モダン・クラシックス) を購入したところ、荒地出版社から刊行されたサリンジャー選集(2)とサリンジャー選集(3)に収録されていた作品が、そのことに一切触れずに標題を変えてあたかも初めて翻訳されたかのように収録されていることに気付いた。
2022年9月12日月曜日
2022年9月11日日曜日
再度「草臥れてーーチャー坊"村八分"の生と死(北沢夏音)」について
北沢夏音氏の下記連載記事は、村瀬シゲト氏への追加取材を行った後に飛鳥新社から単行本として上梓されると聞いていた。しかしながら、著者とご遺族との間で記事の内容について食い違いが生じ、単行本化は見送られてしまったようだ。とても丹念に取材されていた記事が、単行本化されることなく雑誌掲載記事のままで終わってしまったことが、とても残念だ。雑誌記事が出てからもう20数年が経った今、ご遺族の了解をとって連載記事の単行本化を実現して欲しい。チャー坊が忘れ去られてしまわないように!
Quick Japan誌 連載記事「草臥れてーーチャー坊"村八分"の生と死(北沢夏音)」
山口富士夫氏などチャー坊と関わりのあった人々へのインタビュー記事を中心に構成されいます。
前編「第一部・闇からの声」Quick Japan Vol.7(1996.04)
中編「第2部・水たまりの虹」Quick Japan Vol.8(1996.06)
第3回「第3部・いきなりサンシャイン'96」Quick Japan Vol.9(1996.08)
第4回「第4部・おさらば」Quick Japan Vol.10(1996.10)
第5回「第五部・「村八分」という生き方」Quick Japan Vol.13(1997.04)
第6回「第6部・闘病の記」Quick Japan Vol.15(1997.08)
第7回「第7部・最後の日々」Quick Japan Vol.17(1997.12)
第8回「最終話・生きる事の話し(前編)」Quick Japan Vol.19(1998.05)
最終回「最終話・生きる事の話し(後編)」Quick Japan Vol.20(1998.07)
Quick Japan Vol.14(1997.06)の目次には「草臥れてーーチャー坊"村八分"の生と死(北沢夏音)」とありますが、この記事は休載。その代わり編集部によりチャー坊追悼ライブの記事(写真を含めて2頁)が掲載されています。
2022年8月26日金曜日
渋谷・道玄坂 石井書店&植草甚一
椎根 和(著)オーラな人々
河出書房新社 (2009/2/10)
植草甚一 93-106頁
97頁
石井書店は、道玄坂を上がって、最初の横丁を右にまがり、 麗郷という台湾料理の反対側の路地を入ったところに、闇市あとの空地とも道路ともつかない妙にほのぼのとした空間にあった。つぶれそうなバラックの店舗が、三軒ほど並んで、その中央に書店があったような気がする。両側はなぜか米軍払下げの中古衣料品店で、目玉商品としてリーバイスの中古ジーンズなどをぶら下げていた。東、南、西側にはビルの殺風景な背中があった。こんな所にやってくる外国人の姿は、あんまり見かけなかったが、石井書店の店先には、パルプマガジン、アメリカン・コミックスの古本が乱雑に積まれていた。
文頭に一九六八年の夏、渋谷・道玄坂の下の大きな布地屋の前で、植草甚一サンと何度か会い、
とあるので、1968年ころの話だとおもう。
自分が石井書店に通い始めたのは1969年から1970年ごろだと思うので、自分が知る石井書店の風景とは異なっている。
2022年7月19日火曜日
植草甚一氏資料
あなたの想い出 文・高平 哲郎 第03回 (cokes.jp) 昭和四一年、「ファンキーおじさん」として雑誌で紹介されたとき、植草甚一は五八歳だった。ぼくが初めて植草宅を訪れたのが、一九歳で二浪したその年だった。その翌年、初のジャズ評論集が出版されてから本格的植草ブームになる。東宝の調査部に所属していた昭和二一年、植草さんは三八歳でいまの梅子夫人と見合い結婚をした。夫人は京都の大きなホテルのお嬢さんで、結婚と同時に植草さんは上野毛の夫人の実家に引っ越している。二三年、東宝争議で一三年間勤めた同社を退社、翌年から映画を中心に本格的な評論活動に入った。それから約二〇年、梅子夫人は、文士の妻として家庭的にも経済的にも決して恵まれていなかったはずである。子供はいない。 |
高平哲郎(たかひら・てつお) 1947年東京生まれ。一橋大学社会学部卒業。広告代理店、雑誌『宝島』編集部をへてフリーランスとなる。74年より、アイランズ主宰。テレビ番組の構成、ステージ・ショー、芝居等の演出、および編集者として活躍。著書に、『星にスイングすれば』『話は映画ではじまった PART1男編』『同 PART2女編』『スタンダップ・コメディの勉強』(以上晶文社)、『みんな不良少年だった』(河出文庫)、『由利徹が行く』(白水社)などがある。 |
2022年6月5日日曜日
村尾行一氏が2020年に逝去されていた
村尾行一先生、逝去
村尾行一先生(愛媛大学客員教授、ほか)が昨日亡くなったという報が入った。御年85~86歳である。
森林ジャーナリストの「思いつき」ブログ
田中淳夫の、日本の「森と木と田舎」の話。思いつきだから、丸ごと信じないでください。
2020/07/29付けの記事 より引用。
自分にとっての村尾行一氏と
いえば『ドキュメント東大闘争2 身分世界への換歌 林学闘争の記録 亜紀書房 1969年』だが、村尾氏の林学闘争を記録したこの本を知る人も少なくなっただろう。
高校時代の同窓生の追悼文
http://kozu5.my.coocan.jp/6HP/MuraoNoguchi.pdf
2022年1月2日日曜日
「きのこの世界」では有名人の故人へのつぶやき
文星芸術大美術学部3年の女子学生、西岡洸(たける)さん(21)が作品制作中の引火事故で重いやけどを負い、入院先の病院で死亡
への「きのこの世界」では有名人の
どうやら「表現者」らしいので、事故って死ぬのもパフォーマンスアートなんだろうね
このつぶやきはないでしょう。若人が予期せぬ事故でなくなったというのに。