2023年1月23日月曜日

徳仁親王 著 テムズとともに



 南部古書会館の古書展で、均一本棚から拾い上げた一冊。

密林では最安値19,770円で出品されていた。

2023年1月13日金曜日

除菌から助菌へ

 東都生活協同組合の機関紙 東都生協だよりdMOGMOG  No. 463 2023年1月号


MOGMOG レポート 「除菌から助菌へ」学習会 の報告記事

10月18日 田無北ブロック 

2023年1月8日日曜日

シンガー博士は何回訪日しているか?

 本郷次雄先生の「きのこの細道」を読み返していて、シンガー博士が1983年に東京で開催された第三回国際菌学会議に出席のため訪日されていたことを知りました。

国際会議終了後に今関六也先生の勧めで京都と鳥取を旅行されています。鳥取へは今関先生が同行されました。

京都では本郷先生が清水山を案内され、横山先生、村上康明君、四手井淑子さんも同行しました。下野義人さんも飛び入り参加されたとのことです。

1984年に米国のキノコ愛好家団体の日本へのキノコツアーにゲストとしてツアーに同行。富士山でのフォーレイには同行しています。

纏めますとシンガー博士は、戦前に亡命の途中で日本に立ち寄り、1983年に国際菌学会議に合わせて訪日して京都・鳥取を旅行、そして1984年に米国のキノコ愛好家団体の日本へのキノコツアーにゲストとしてツアーに同行、の都合3回訪日されています。

以上

2022年9月12日月曜日

「彼女の思い出/逆さまの森」の不誠実さ

 近刊の彼女の思い出/逆さまの森 (新潮モダン・クラシックス) を購入したところ、荒地出版社から刊行されたサリンジャー選集(2)とサリンジャー選集(3)に収録されていた作品が、そのことに一切触れずに標題を変えてあたかも初めて翻訳されたかのように収録されていることに気付いた。

2022年9月11日日曜日

再度「草臥れてーーチャー坊"村八分"の生と死(北沢夏音)」について

 北沢夏音氏の下記連載記事は、村瀬シゲト氏への追加取材を行った後に飛鳥新社から単行本として上梓されると聞いていた。しかしながら、著者とご遺族との間で記事の内容について食い違いが生じ、単行本化は見送られてしまったようだ。とても丹念に取材されていた記事が、単行本化されることなく雑誌掲載記事のままで終わってしまったことが、とても残念だ。雑誌記事が出てからもう20数年が経った今、ご遺族の了解をとって連載記事の単行本化を実現して欲しい。チャー坊が忘れ去られてしまわないように!

Quick Japan誌 連載記事「草臥れてーーチャー坊"村八分"の生と死(北沢夏音)」

Quick Japan誌 に連載された伝説のバンド「村八分」のヴォーカリスト「チャー坊」の評伝です。
山口富士夫氏などチャー坊と関わりのあった人々へのインタビュー記事を中心に構成されいます。

前編「第一部・闇からの声」Quick Japan Vol.7(1996.04)
中編「第2部・水たまりの虹」Quick Japan Vol.8(1996.06)
第3回「第3部・いきなりサンシャイン'96」Quick Japan Vol.9(1996.08)
第4回「第4部・おさらば」Quick Japan Vol.10(1996.10)
第5回「第五部・「村八分」という生き方」Quick Japan Vol.13(1997.04)
第6回「第6部・闘病の記」Quick Japan Vol.15(1997.08)
第7回「第7部・最後の日々」Quick Japan Vol.17(1997.12) 
第8回「最終話・生きる事の話し(前編)」Quick Japan Vol.19(1998.05)  
最終回「最終話・生きる事の話し(後編)」Quick Japan Vol.20(1998.07)

Quick Japan Vol.14(1997.06)の目次には「草臥れてーーチャー坊"村八分"の生と死(北沢夏音)」とありますが、この記事は休載。その代わり編集部によりチャー坊追悼ライブの記事(写真を含めて2頁)が掲載されています。

2022年8月26日金曜日

渋谷・道玄坂 石井書店&植草甚一

 椎根 和(著)オーラな人々

 

河出書房新社 (2009/2/10)


植草甚一 93-106頁


97頁

石井書店は、道玄坂を上がって、最初の横丁を右にまがり、 麗郷という台湾料理の反対側の路地を入ったところに、闇市あとの空地とも道路ともつかない妙にほのぼのとした空間にあった。つぶれそうなバラックの店舗が、三軒ほど並んで、その中央に書店があったような気がする。両側はなぜか米軍払下げの中古衣料品店で、目玉商品としてリーバイスの中古ジーンズなどをぶら下げていた。東、南、西側にはビルの殺風景な背中があった。こんな所にやってくる外国人の姿は、あんまり見かけなかったが、石井書店の店先には、パルプマガジン、アメリカン・コミックスの古本が乱雑に積まれていた。



文頭に一九六八年の夏、渋谷・道玄坂の下の大きな布地屋の前で、植草甚一サンと何度か会い、


とあるので、1968年ころの話だとおもう。


自分が石井書店に通い始めたのは1969年から1970年ごろだと思うので、自分が知る石井書店の風景とは異なっている。